雪かきをしなかった冬がもたらしてくれたもの*ライターの移住月記

書き手プロフィール
矢野竜広
1980年生まれ。会社員コピーライター、放送作家を経てフリーランスに。2013年、住み慣れた東京を離れて鳥取県へ。自宅にオフィスヤノを構え、WEBデザイナーの妻とともに夫婦で在宅ワークにいそしむ。無類のビール好き。 ブログはビアエッセイ・ドットコム。ツイッターのフォローはこちらから。
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今年の冬は暖かかった。
山の方ではそれなりに積もったと思うけど、
海側ではほとんど積もらなかった。
振り返ってみれば、
山陰に来て初めて雪かきをしなかった冬
かもしれない。

鳥取に来てからの6回の冬を振り返る。

僕が鳥取にやって来たのは2013年7月。
ということは、

2013-14
2014-15
2015-16
2016-17
2017-18
2018-19

という6回の冬を経験したことになる。

この中で最も強烈に雪が降ったのは、2年前の2016-17の冬である。
1月の末に「6年に一度級の大雪」が降ったと思ったら、
なんと翌2月に1月を超える大雪が再び降った。
集落でもみんなで力を合わせて雪かきに勤しんだ。

この冬の顛末については過去の記事を参照されたい。
大山町にマッターホルンが出現する日*ライターの移住月記
山間部に住む方々からは「何を甘いこと言ってるんだ」と
お叱りを受けそうだけれど、もうこの年は嫌になるほど雪かきをした。

東京生活が長い人にとって、雪かきというのは
「あ~、東北の人達は雪かき大変だね~」などと
テレビのニュースを見ながら呟く程度の、
いわば完全無欠なまでに“他人事”の行為。
それが、鳥取に来てからは自分の肩にどっしりと
のしかかってくる。

しかも、重労働であるにもかかわらず
雪かきは生産性のある仕事ではない。
マイナス100からマイナス30に持って行くような
本当に不毛な労働なのである。

2018~19年の冬はあくまで例外的。

とはいえ、山陰に住んでいる以上、
「冬は雪が降るものであり、雪が降ったら雪かきするもの」
と覚悟を決めていた。

ところがこの冬はほとんど雪が降らない。
2018年の年末にちょっと海側でも積もったけど、
雪かきをするほどの積もり方ではなかった。

2019年の年が明け、
「このまま雪が降らずに冬が終わるわけがない」
と思っていたけどなんとこのまま冬が終わってしまいそうである。

義理の兄も、
「これほどまで雪が降らない冬はこれまでなかった」と言っていた。
長年山陰に住む人にとっても今年は例外的な冬に映っていたのだ。

僕は基本、不毛な重労働である雪かきが嫌いである。
そもそも寒い季節である冬が嫌いだ。
だとしたら、今年の冬は「最高だった!」
のか、というと実はそうでもない心境なのだから不思議なものだ。

それは何でだろう?と考えて、答えがわかった。

勉強なしで東大に受かってしまったような感覚。

自分では気付かずにいたけど、
どうやら鳥取に来て以来、僕は
「寒くて雪が降る冬を乗り越えた後の春」に
大きな喜びを見出していたようなのだ。

今、庭のジンチョウゲが咲き始め、
桜の開花予想のニュースがテレビで流れ始め、
気温も15度に迫る日も出てきた。

そして何より3月。春である。

なのにどうも心が浮かない。
春は厳しい経験の後にくるもの、
という価値観がこのわずか5年で染みついたので、
実に拍子抜けするのである。

例えるなら、
勉強時間0分で東京大学に受かってしまったような感覚
といったらよいだろうか。
大学の合格とそこに至るまでの猛勉強はワンセットである。
だからこそ人は合格したときに、
心底嬉しくなるものだと思う。
もし勉強せずに大学に受かったら、
「まあこんなもんか…」と拍子抜けするはず。

そう考えると、
しんしんと降り積もる雪に怯え、
雪かきを嫌になるほど重ね、
寒い冬に耐えに耐えるという経験も
捨てたものではなかったのだと思う。

来年以降、また寒くて雪が積もりに積もる冬がまたやって来るだろう。
そのとき、この冬に感じたことはプラスになる気がする。
きつければきついほど春の到来が嬉しくなるからOKだ!
ときっと考えられるから。

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