米子で大学の校歌を熱唱することになった理由*ライターの移住月記

書き手プロフィール
矢野竜広
1980年生まれ。会社員コピーライター、放送作家を経てフリーランスに。2013年、住み慣れた東京を離れて鳥取県へ。自宅にオフィスヤノを構え、WEBデザイナーの妻とともに夫婦で在宅ワークにいそしむ。無類のビール好き。 ブログはビアエッセイ・ドットコム。ツイッターのフォローはこちらから。
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先日、大学の校歌を歌ってきた。
ANAクラウンプラザ米子で。
一体自分の身に何が起きたのか。
振り返ってみたいと思う。

実家に届いていた郵便物が我が家に。

事の発端は母の鳥取移住だった。
(そのことについてはこの記事に詳しいので参考まで
“母ターン”で母が移住してきたのでインタビュー*ライターの移住月記
http://nomadoma-daisen.com/blog/monthly-writer4/ )

長く住んだ東京は文京区から鳥取県は大山町へ。
色々な整理をするなかで、大学卒業後から
家を出た息子である僕宛てに届いていた
諸々の郵便物をこの機に我が家に住所変更する
という作業があった。

程なくして、実家に届いていたいくつかの
郵便物が直接我が家に届くことに。
その中に、母校である立教大学校友会の
会報があった。

立教は好きな学校だったけど強固な愛校心が
あったわけでもなかったので熱心な読者ではなかった。
それでも折に触れて届く会報を手に取って
読む回数も少しずつ増えていった。

そしてつい最近。
全国各地で行われているOB達の集まりの写真を見て、
「そういえば、鳥取ってOB会あるのかな?」
と調べてみると「鳥取県西部立教会」という団体が
あることがわかったのだ。

立食パーティかと思いきや着席スタイル。

幹事長さんに思い切ってメールを送ってみると、
なんとタイミングよく
「来月、主要行事の総会がありますよ」とのこと。
さらに、その幹事長さんが拙著
『山陰クラフトビール』を買って読んでます!
とおっしゃるものだから何となく流れで
総会に参加することになってしまった。

会場はANAクラウンプラザ米子。
ここの社長さんが会長さんなのだという。
勝手な想像で100人くらいが集まって
立食パーティーでもするのかな…と思っていたら
案内された会場は小ぢんまりとしており、
参加者は総勢14名。これは逃げも隠れもできない…
そう思い、会場入口で腹を決めた。

開会の後、校歌斉唱が始まる。
いや全然覚えてないわ!と内心思ったのだけど、
授業をさぼってよく神宮球場に出かけて
六大学野球を観戦していたので完全に覚えていた。
なんなら結構大きな声で歌ってしまった。

美味しい食事とお酒をいただきながら、
全員初対面の方達と色々なお話をすることができた。
結論としては、勇気を出して幹事長さんに連絡し、
さらなる勇気をもって出席してよかった!

である。

品があるダンディーな先輩達に囲まれて。

とにかく先輩方(今回、後輩は1名のみ)は
優しい方ばかり。
こちらの話に耳を傾けてくれるし、
お酒で乱れることもない。
60代70代の男性がメインということもあって、
本当に紳士で尊敬できる。
一言でいうと皆様、「品がある」のである。

80代の最年長の先輩に
「矢野さんは…」とさん付けで呼ばれたとき、
驚いてしまうとともに、ああ、僕も将来
この方のような人になりたいと思った。
名刺交換すると皆様、会社の社長や社長夫人など
山陰の経済界に多大なる貢献をしている方ばかり。

その一方で、
若い頃の話を聞くと、やはり同じ場所で同じように
時間を過ごした同じ元立大生なのだと思った。

ラウンジでの2次会を終えて帰宅する際、
開始前に「いやもう帰っちゃおうか…」と
躊躇していた自分が小さく思えた。

聞くと半生記もの長きにわたって
存続してきたという鳥取県西部立教会。
鳥取県の出身者ではないし、
自分がその歴史を継ごうなんて
おこがましい気持ちは全くないけど、
生き方の模範となるような諸先輩方と会うため、
また会合があったら出席させてもらいたい!
そう思った次第である。

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