また逢う日まで!ライターの移住月記を振り返る

書き手プロフィール
矢野竜広
1980年生まれ。会社員コピーライター、放送作家を経てフリーランスに。2013年、住み慣れた東京を離れて鳥取県へ。自宅にオフィスヤノを構え、WEBデザイナーの妻とともに夫婦で在宅ワークにいそしむ。無類のビール好き。 ブログはビアエッセイ・ドットコム。ツイッターのフォローはこちらから。
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4年半にわたって、私矢野が毎月書きたいように書いてきた
「ライターの移住月記」も今回で最終回。
一人でこの連載の内容を振り返ってみたい。

2016年から月に1回、全52本の記事を執筆

そもそも僕はいわゆるゴーストライターだった。

よく記事の最後の方に書いてある「構成:〇〇〇〇」ってやつである。
町民の方にインタビューして、その方が話したテイに文章をまとめていた。
(そのせいで“大山町はなんであんなに文章が書ける人ばっかりいるんだ!?”
と問い合わせがあったそう笑)

そんな裏方としてこのブログに携わっていた僕に管理人の薮田さんが
「月に1回、矢野さんの名前を出して移住者目線の記事を書きませんか?」
と誘ってくれたのがもう4年以上前。
2016年の4月からコツコツと移住「日」記、ならぬ移住「月」記を書いてきた。
数えてみると、先月までで52本に及んでいた。

ビール祭の楽しさ、町民のDIY力、ガンバリウスの千円飲み放題のすごさ、町の豊かな文化活動、仕事の対価が現物支給であること、大雪、冬の寒さ、鳥取県民のケアの手厚さ、夜の闇の深さ、山陰における人とメディアとの近さ、夏の楽しさ、日本海側の冬の雲の多さ、田舎暮らしの一人当たりのスペースの大きさ、蛍の美しさ、一軒家の快適さ、自然の豊かさ…

改めて振り返ってみて、色々なことに僕は驚いてきたんだなあと
我ながら感心してしまった笑。

当たり前ではなくてすごいことだ!と言い続ける

この連載を通して僕が伝えたかったのは、
突き詰めて考えると
「大山町のみんな、それ!当たり前じゃないよ。すごいことだよ!」
ということだったように思う。

生まれも育ちも鳥取の人は、とんでもなく恵まれたことを
「空気が吸えること」と同じくらいに考えてしまうことがある。
(ちなみに僕が一番愕然としたのは、
「地ビールってどこも千円で飲み放題なんじゃないの?」
というセリフである)

移住者が増えてきた、と言ったって比率で言えば圧倒的に少ない。
その数少ない移住者達が、経験し感じたことを文章で伝えられるとも限らない。
そんなわけで、僕なりにある種の職業的使命感を持って書いてきた。

自分が「当たり前だ」と思っていたことが「当たり前ではない」
となる瞬間に僕はとても価値を感じる。
知的好奇心が満たされるし、当たり前だと思っていたことを大切に思えるから。
ってことは他の人も価値を感じるかも?と考えている。

僕が一連の文章を通して、
「大山町のみんな、それ!当たり前じゃないよ。すごいことだよ!」
と叫んだ内容で「へえ」とか「そんな見方があるんだな」と感じたり、
クスッとしてくれたりしていたら書き手として幸いである。

初々しさとは程遠いけれど

僕が鳥取に来たのは2013年。32歳だった。
あれから7年が過ぎ、今は2020年で僕はもうすぐ40歳になる。

「移住者」と言うと、移住してせいぜい3年くらいの
フレッシュな人を想像しがちだし、実際にそういう人が求められる。
実際にこの連載を始めたばかりの2016年、僕はまだ移住3年目だった。
初々しい移住者だった(遠い目)。

8年目ともなると「移住者」と言うのもおこがましい気がしてくる。
が、子どもが小学生になり、新しい生活が始まるとまた
「これは自分の世代と違うな」に加えて、
「これは東京と随分違うな」ということが次々に出てくるのである。

結局のところ、僕が何かを考えたり、何かと何かを比較するときの
思考の土台は東京で培われたものばかり。
初々しさとは程遠いかもしれないけれど、
僕はやはり移住者としてこれからも色々なことを考えるだろう。

移住月記の連載はこれで終わるが、
鳥取のあれこれに驚く日々はこれからも続く…。

(連載完)

※今後も矢野の文章を読みたい!
という奇特な方がいましたらぜひTwitterのフォローを!

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